ハイイロジェントルダイナソーロックバンド ハイイロジェントルダイナソーのブログです

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要素の束 21:21
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    小学生の頃、僕はサッカー選手になりたくて、発明家になりたくて、そして、高学年になると教師になりたいと思うようになった。
    しかし、買ったばかりのテニスシューズがなくなったのにろくに話も聞いてもらえない担任に失望したり、
    職員室内にいじめがあることに気付いた頃には、
    僕は教師になりたいとは思わなくなり、彼らを教師ではなくただの年上の人として見るようになっていった。

    それでもお気に入りの先生(年上の人)は何人かいて、とくに大学のときは好きな先生が多かったような気がする。
    大学の先生って、研究者だからか、中学や高校の先生とは違うんだなぁと思った。


    18歳のときに受けた授業「論理学A」の先生は少し変わっていて印象深かった。
    最初の授業で出た宿題はレポートで、内容に添って書いて提出したところ、
    僕のレポートは出来がいいとしてみんなの前で読まれたにも関わらず、
    「内容はいいけど表現が悪い」的なことを言われたのを覚えている。
    それ以来その先生の授業では僕はレポートを出さずに授業を聞いてるだけにした。

    ある週の授業で、テーマは忘れてしまったけど「その人のどこが好きですか?」みたいな話をその先生はしだした。

    「顔が可愛いところ」「顔がかっこいいところ」
    「優しいところ」「気が利くところ」
    「清潔感があるところ」「背が高いところ」
    「痩せているところ」「ぽっちゃりしているところ」
    「料理がうまいところ」「髪が長いところ」
    「趣味がいいところ」「嘘がつけないところ」
    「誠実なところ」「自立しているところ」
    「たくさん笑うところ」「しっかりしているところ」
    「青い服が似合うところ」「キリンが苦手なところ」
    etc...

    僕らはみんな18歳で恋をしていたし積極的に「うーん、どんなところだろう?」と考えていた気がする。

    しばらくして先生はいくつか例をあげてから
    「あなたがたは相手の持つこういった『要素の束』を好きなのですか?」
    と言った。

    そのとき僕は「要素の束」という言葉にすごく惹かれて、ぼんやりと金色の毛糸の束みたいなものをイメージしていた。

    先生は続ける。
    「その人を好きってことは、こういった要素の束を愛しているというのとはちょっと違いますよね?
    愛情って、こういった1つ1つの要素を集めた束に対してのものとはちょっと違うと思うんです。」

    僕は、なるほどなぁ、確かにそうだよなぁと思って聞いていた。
    結局、その授業はいつもそうなんだけど、結論みたいなものは出ずに終わった。
    正直テーマがなんだったか忘れてしまったんだけど、論理学だし多分何かを記号化したり象徴化したりするといった話の流れで出てきた例えなんだと思う。

    僕はそれ以来、愛情というものについて考えるとき、いつもその授業のときに想像した金色の毛糸の束を思い出してしまう。

    そして、その先生が投げかけた質問についていまだに考えているし、答えられないでいる。
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